長崎県有害図書類指定問題について(3)

長崎県有害図書類指定問題について(3)

審議会の様子

平成26年8月7日午後1時30分、長崎市サンプリエール(*1)5階エトワールの間において、長崎県少年保護育成審議会が開催されました。 この日は僕も傍聴人として参加いたしましたので、その模様をご報告いたします。

審議会は20名の委員(長崎短期大学学長・長崎県教育長・PTA連合会代表・弁護士・公募委員等によって構成)と13名の幹事(長崎県警察本部生活安全部少年課係長・長崎市少年センター主査・長崎県学事振興室課係長等によって構成)、他6名の長崎県こども未来課事務局員によって進行されました。

審議会の議事は、主に以下の内容になりました。
1) 承認事項「有害図書類の指定承認について」
2) 報告事項「過去に有害指定した図書の指定取り消し陳情について」
3) 報告事項「長崎県少年保護育成条例の運用状況について」
4) 報告事項「少年非行概況について」

以上の中で、僕に関わりがあるのは1と2についてですので、この2項目の傍聴記録をご報告いたします。 なお、傍聴人には録音・録画は認められておりませんので、メモ書きと本人の記憶に頼った報告となります。 可能な限り正確に記述することを努めますが、実際の委員の発言内容とは異なるおそれがあることをあらかじめご了承ください。
また、記述の正誤は後日長崎県に対し情報開示請求をすることによって議事録を取得し、確認することができます。 内容に誤りが認められた場合は速やかに訂正いたします。

1)承認事項「有害図書類の指定承認について」

全33冊の指定候補作のうち、29作品が事前にこども未来課事務局員によって有害指定推奨とされていました(配布資料には判定案と記載)が、その全てが審議会に承認されました。 この結果は後日県広報・ホームページにて掲載されます。

個人的には、有害指定候補作の中でも、これを有害図書類に指定するのは厳しいのではないかと思われる作品がいくつかありました。 まだ公示前ということもありますので具体的な作品名の公開は控えますが、各作品の著作者様に連絡をとり、長崎県を相手に法的手段を取るご意思の有無を伺いたいと思います。

2)報告事項「過去に有害指定した図書の指定取り消し陳情について」

こちらは、僕が長崎県に提出した「マンホール(1巻)」に対する有害指定の取り消し陳情についての報告事項になります。

陳情書の要旨

A) 本件書籍は「著しく少年の粗暴性もしくは残虐性を助長し、その健全な育成を阻害するおそれがあると認められる」ことを理由に有害図書類指定をされているが、その判断には重大な過誤がある。 一例として、泥の描写を血液の描写と誤認していたのに、その描写に有害性を認めることは、到底妥当な判断とは言えない。

B) 漫画とは、絵と言葉で構成される表現物であるが、有害指定の審議は特定の場面だけを切り取って、視覚的な部分の表現のみを重視して判断されている。 作品の主要な内容、メッセージについては不当に軽視されている。

C) 約5年間に渡り、作者は有害図書類指定の事実を知ることができなかった。 重大な過誤によってなされた有害図書類指定について、弁解する機会も与えられないまま長期間継続してきたことは大変遺憾だ。 今後は有害図書類指定を下した書籍については著作者・発行者に通知するべきではないか。

長崎県の回答

A) 一部内容に解釈の誤認があるとしても、総じて重大な間違いとは言えない。事務局の提示する「有害率」は目安に過ぎない。 最終的な判断は審議委員の主観的な判断に委ねられるが、学識経験者数十人の委員の目を通すことによって主観の集約をはかっている。判定に対する合理性は十分に確保されている。

B) 対象書籍の作品内容を斟酌するには、実務上時間が足りない。 有害図書類指定は主に視覚的な部分の表現による判断となるが、数十人の委員の目を通し、審議を経ることによって十分に合理的かつ客観的な判断が可能だ。

C) 有害図書類の指定は青少年の保護育成を目的としている。 各有害図書類指定の告知は、県庁公式サイト上での公報掲載と県内業者・書店に通達し、区分陳列徹底の指導をすることをもってその目的は完了している。著作者・発行者に通知する必要はないと考える。

結果報告

この日行われた審議会で、「マンホール(1巻)」に対する有害図書類指定の取り下げを求めた陳情は、残念ながら聞き入れられることはありませんでした。
会議の途中、マンホールの単行本1巻4冊が見本としてその場で配布され、審議委員に回覧されましたが、所要時間としては約5分で、一人当たりの閲覧時間は1分程度でした。
その結果、平成21年の審議会の決定に問題はないと、20名(うち2名欠席)の審議委員が全会一致で追認した形になりました。 またその際、審議会委員長が委員に対し何か意見はないかと求めたところ、委員の一人から次のような発言がありました。


「私は平成21年の審議会のメンバーではない。5年前に下された当時の見識ある委員の方々のご判断に異を唱え、物申す必要があるのか。 それは私には分不相応な行いだ。したがって過去の審議に申し上げることは何もない」


この発言は、自分たち審議委員に有害図書類を判断する能力がないことを吐露した非常に無責任な発言だと感じました。 この日僕は、審議会の傍聴のために神奈川から往復10時間をかけて長崎に向かった訳ですが、本当に失望させられました。

長崎県の少年保護育成審議会の委員は、判断能力がないことを自ら宣言しながら、県民の税金を使い、有害図書類指定という重大な判断を担っているのです。 長崎県の将来を担う青少年にとって、このような無責任な大人たちが表現行為の規制を行っているという状況これこそが、まさに「有害環境」ではないのかと思いました。

ちなみに、江戸時代の春画を有害指定した(*2)ことでお馴染みの、平成21年審議会による「見識あるご判断」は、長崎県を除く46都道府県では全く見られない、極めて特異な判断であることも申し添えておきたいと思います (平成26年9月現在「マンホール」を有害図書類に指定していることを確認できる自治体は長崎県のみ)。

しかし一方で、この無責任極まりない委員の発言も、ある意味もっともだと言える理由があります。
なぜなら審議会の運営形態に、そもそも大きな無理があるためです。 この日、承認事項「有害図書類の指定承認について」の議事の中、新たに審議対象とされた書籍33冊を委員が閲覧するために設けられた時間は、約35分間でした(午後2時5分から午後2時40分まで)。

皆さんは、1冊の本を1分間で読み解くことができるでしょうか。
もちろん内容を把握するだけでなく、それが青少年の健全な育成を阻害するものであるかどうかという、厳格な判断が要求されます。
速読について並外れた能力をお持ちの方でなければ、これは実質的に不可能な作業ではないかと思います。

長崎県は、学識経験を持った数十人もの審議委員の目を通しているのだから、その判断の合理性は十分に確保されていると考えているようですが、この審議会の実態を考えますと、それは大きな誤りだと言わざるを得ません。
一人当たり1分程度の閲覧では、たとえ審議委員が何十名、何百名いようとも、まともな判断が成り立つはずがありません。 率直に言ってこの審議会は、事務方の用意した「これは有害ですよね」という指定候補図書を「はい、有害ですね」と流れ作業で追認するだけの集団にしか、成り得ていないのではないでしょうか。

長崎県の有害図書類指定の問題点をまとめますと、以下のようになります。

1)漫画の読解能力の極めて乏しい人物が、不可解な裁定で指定案を作成し、
2)審議会の委員が1冊あたり約1分という驚異的な早さで指定案を承認し、
3)その判断にどのような誤認があろうとも著作者への連絡は一切必要ないと考え、
4)過去の有害図書類指定に異議が上がっても「分不相応だから何も言えない」。

長崎県の行政が今、いかに危うい状況にあるか、お分かりいただけたでしょうか。
僕は、自分の作品が有害図書類指定されたという理不尽に対する憤りもさることながら、長崎県の将来を担う子供達の未来が、本当に心配になってまいりました。
これが、実際に審議会の様子を傍聴した僕の率直な感想です。

最後に

長崎県への陳情書の作成にあたって、僕はこれまで法律事務所オーセンス(*3)様と何度も打ち合わせを行い、弁護士の諸先生方には多大な労力を賜りました。 その結果今回ようやく得られた審議会の傍聴という機会で僕を待ち受けていたのは、「分不相応だから何も言えない」という、あまりといえばあまりに無責任な発言でした。 この発言からは、青少年の保護という彼ら本来の任務に向けての真摯な姿勢も、創作物に対する最低限の敬意も感じることはできませんでした。 本当に、寂しい思いがいたしました。

今から10年程前、長崎県では青少年による痛ましい事件が相次いで発生しました。 長崎県の行政は、「こども未来課」なる専門部署を創設し、青少年の「有害環境」を浄化することを目標に活動を続けています。
その活動の意義は尊重されるべきですが、行政が少年保護という大義の元、およそ事件とは無関係と思われるような図書を有害指定し、過剰な表現規制をすることによって事件に対し、自分たちは十分な処置を施したのだという安易なアリバイ作りに利用するようであれば、それは厳しく糾弾しなければなりません。

木に縁(よ)りて魚を求む(*4)」という言葉があります。
江戸時代の春画を有害図書に指定して、長崎県は一体何が解決するとお考えなのでしょうか。 今、長崎県がなすべきは子供達から漫画という娯楽を闇雲に奪い取ることではないと僕は考えます。

「マンホール」の有害図書類指定から5年の月日を経た長崎県の行政は今再び、明らかに過剰な表現規制を行おうとしています。 僕は表現活動に携わる人間として、表現の自由に対する不当な侵害行為には断固として立ち向かい、今後も厳しく注視して行く必要があると感じました。

2014年9月8日
筒井哲也


(*1)長崎サンプリエール
http://www.nagasaki-heiankaku.jp/stpriere/sp_index.html

(*2)長崎県有害指定状況(平成14年度から平成24年度)より
平成20年 平凡社 春画 別冊太陽(平成21年審議会により有害指定)
https://www.pref.nagasaki.jp/shared/uploads/2014/09/1412141141.pdf

(*3)弁護士法人法律事務所オーセンス
http://www.authense.jp/

(*4)木に縁(よ)りて魚を求む
木に登って魚を捕るようなものだということから、 方法が間違っているために、目的を達成できないでいる様子の喩え。



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